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部屋の評価についての心理的環境

2006年08月28日

「何故部屋の選択における個人差」をわかりやすくしてみよう
ここは売買で言うところの資産論にも被るので、ひとつの見方として考えてみたい。

さて、実際部屋の評価って個々人で天と地ほど差がある。
和室がNGな人もいれば、フローリングがNGのペットを飼っている人まで評価は様々で、簡単に言えば「部屋の価値は個人的且つ主観的なもので普遍的なものでは無い」。課税する際の資産評価といったものは故買商の買取相場のようなもので、オークションにおけるコレクター評価とは全く別物だからだ。
実際売買なんかにおける売出し価格にしても「時間との兼ね合い」がある。
つまり「違う評価をする人も対象とする事で早期に買い手がつく」からであって、自分と同じ評価をする人を待つってスタンスがあれば個性的な部屋は単体で希少価値を維持する事ができる。

ものの評価は『複数存在する』。言い換えるなら「積極的に価値の評価ができる人には、世界全体の総価値は一般的相場を上回る」事になる。
「積極的に価値を評価できる考え方」そのものがダイレクトに豊かさを生むのであって、価値のある“モノ”から豊かさが生まれることはない。
“モノ”には質量保存の法則があるだけだ。
ここは「妥協は妥協ではない」の話と被るんだけれど、
「良さがわかる人」って言葉がある。
それって、モノが持つキャラクターを能動性に置き換えて考えられる思考の事で、詰まるところ創造性が豊かさのコアだって話、

「状態のいい60年代のアストンマーチン」は、良さがわかる人には無限の価値さえ持つが、これの能動性に興味の無い人には「単なるエンジンのかかり難い中古車」に過ぎない。

確かに、一般的な評価の代表「相場による判断」といったものは一見公平性に基づいているように思えるが(中古車<新車)、これじゃ自分自身の人格まで「モノ自体には淡白で中立的ディーラー」のような業者的判断に終始してしまう。
実は、そんな業者的な判断をするためには膨大な経験値に裏づけされたプロの知識を必要とするんであって、実は「一般的では無い(プロ限定)」。
ある意味「一般的な評価」という言葉は最初から論理矛盾している事になる。

実際職業としてその評価をしている人物でさえ「個人的には・・・」って部分の判断(主観的評価)を別個に持っているんであって、
「何がいいと思いますか?」って言葉は最初から矛盾しているのだ(それを決めるのは当事者その人だから)。

「何がいいのか?」
面白い話で、この“何”の数は個人のアイデア次第で多くなったり少なくなったりする。
ただひとつ言える事は、価値の原則論とも言える『希少価値』って部分から見るなら、何か突出したキャラクター(希少性)は「誰かとってずば抜けた評価を受ける“可能性”を担保している」のであって(これって人の個性化も同じ話)そこには「普遍的なポテンシャルがある」。

曖昧で形の無い創造性が価値を個別に定義しているのだから、イメージの固定化は何かを貧しくしているのと同じような話なんだと思う。
ここが意外とわかりにくいとこで(笑、、
『イメージの固定化』と『確信犯的選択』は同じではない。
そこに理(由)があれば、その選択自体が価値だからだ、
そんな風に考えると、人の選択にはもっと「拘り」と「自由さ」が共存しているのが自然なんだと思う。

昨今の改装希望であるとか、和室ブームや、築年数無視の多様性って(この部分では賃貸が分譲をリードしている)結構大事なポイントで、自分の志向は雑誌には書いていないのだから、情報の使い方っていうのは「自分のアイデアを刺激するため」でなくちゃいけない。
資産運用的な見方も大事だけれど、自分の部屋選びまで、ちょいと昔の新自由主義みたいに「財務の専門家的に考える」なんてことが極端になってしまうと、豊かさって実質から逆に遠ざかってしまう事もある。
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posted by kagewari/iwahara | Comment(0) | TrackBack(0) | 部屋探しの心理学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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