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言葉としての”不動産”を考える

2012年07月12日

銀行が担保価値の評価で土地に依存するあまりバブル経済を招いたのは誰もが知っている現実ですが、世界の情勢を見れば愚かなのが日本だけではなく「投資経済」的な状況になると、ずいぶん立派そうな先進国ですら容易にこの状況になるのであって、経済学的なポイントは「金融セクターの金余り」です。
※言い換えると設備投資などの実体経済投資が伸びず(或いは貸しはがし状態)投資先の欠如が「マネーが投資先を作る」ような形で投機市場をでっち上げる場合、昔っから法的にも不動産投資は”手頃な”というかそれしかない投資先であり、米国などの場合には「不動産投資=消費者金融」(借り換えで担保価値が上がった部分の貸し付け枠の拡大部分を所得のように使う)でもあったので『名目経済成長率』を押し上げるには格好の舞台になります。

(「マネーが投資先を作る」:安易に投資利益が短期で想定される状況→しかも長期的には破綻がわかっているところがミソで仕手筋のなんとやらみたいなものでしょう。)

■マスメディアや関連雑誌メディアのかなりの数が『御用機関』であることは、昨今の小沢報道や原発報道でかなり浸透してきていると思います。
※この状況→「所詮民間なので広告先の御用聞き報道しかしない」←大手になるほどこの権益が既得権益化する法則が成立するところがポイント。

私がこれに気が付いたのは野村阪神タイガース時代に行われた読売中心の”野村叩き報道”だったんですが(登場人物も”報道のようなワイドショー””鉄砲玉的雑誌媒体””マスメディアが後追いし””地検特捜部が登場”と現在の小沢報道とほとんど同じ)、当時はこういった構造的偏向報道を問題視する人少なかったですね。時代は変わるものです。

私は投資関係に特別詳しい訳ではありませんが、
やたらとメディアや広告がFX投資を煽っていた当時も、国単位で日本が「救いようのない大損している」だとかそういう肝心な事が報道されるのは専門誌の一部であって、総じてマスメディアはこれを煽る立場にあり、
構造的に「分譲マンション報道や紹介記事」などが同じ傾向にあるだろうことは”ちょっと考えれば想像がつく”のでありまして、
バブルにより”土地の値上がりだけが問題となっていた”宮沢内閣当時には「いかにサラリーマンが土地付き戸建てを購入できるようにするか」が政策課題だったのであって、「一体いつの時事から分譲マンション購入が常識になったのか」ほんとに怪しいものです。

マンションの成り立ちを考えればそこにも「あるべき姿」がある筈でして、
・都心部で「売地や土地付き戸建ての販売」などおおよそあり得ない立地
・上記にあるように土地評価額が高いため銀行の担保価値評価も高い(高額な建築費が投資可能)
・地価が元々高いので区分所有でも相対的な土地価格の割り分が大きい
・高額な建築費がかかっても(固定資産税の問題はりますが)耐用年数が大変長く、実質中高層化により「底地が倍増」するような生産性があり社会的にも整合性がある。
・都心部こそ災害対策上非木造の優位性が重要である(そもそも東京の非木造の歴史は関東大震災や東京大空襲などの火災から都市を守るところから始まっている)
・通勤含めて考えても都心部の人口集約は暮らしの利便性向上となる
・開発は飽和状態になったら隣→又隣とすればよいので急激な需給バランスの変化が無い限り地価が下落することはない
 ↑
■簡単に言えばマンションは都心部だけに建ち並ぶのが正しい姿です

考えてみればそれこそ宮沢内閣当時には「土地付き戸建てをむやみに郊外開発してしまう状態」が、見当違いなサラリーマンの通勤苦ネタになってましたが(これもスピンコントロールだったのかな)、この時から乱開発の端緒はあったワケでして「売地の流通をさせずに”建売り分譲しか購入させない”」という見事なビジネスモデルがありましたが、この時も土地を分割して実価値を下げてしまう開発が行われたり「突拍子も無い郊外」に宅地開発が行われたり今に通じる方向性が垣間見られます。
※当時のニーズは”岸辺のアルバム”じゃないですが「猫も杓子も戸建」でした。

話をマンションに戻しますと、建築といっても当然そこには勿論建築会社の”粗利”があるのであって(開発規模が大きくなればなるほど”含み収益額”もデカくなるのであり)、
意匠デザインだけとって見ても、中小ですら「できれば15%欲しい」と言われる世界なのですから有名建築士ともなれば何%なのかわかりません。
そんなバックグラウンドで「何を”不動”産だなんて」と思うワケでして(不動産取引の基本は『土地売買』ですよ)、
開発ベースの不動産で考えるならば、国の財政問題同様に本来的にはそういう実価値に関わる”収益性”の問題は『経済成長がインフレによって吸収する』のが前提でして、デフレ経済といっても日本の場合とりわけ「政策運営ミスもありますが人口増がストップするという実態伴った先進国デフレ」ですから常識的には「デフレで開発=値下がり」になることは中学生でもわかります。
(※詳しい情報は持ってませんが神戸震災後の再開発も相当な”空き状況”になっているという報道が過去にあった記憶があります。)

◎今から言っても始まりませんが、昭和のアーキテクトを集約した「公団」が非木造住宅の「オープンソースな建築テンプレート」を山ほど作ってくれていたなら違う状況もあったのではないかと思う部分もありますね。

■結論、経済状況から見れば「開発ではなく耐久性の高い社会資本の有効活用」こそ重要な筈なのですが(或いはマンションの都心部回帰と並行する近郊の土地付き戸建て供給もあるべき方向でしょう)、どうにもこういう話にはなり難い。
(儲け話にならないため)

何か完璧に間違っているのですよね。
(特に金融サイドが)
堅実に「不動産資産」を実価値を毀損しない方向で手に入れるには『現金による購入』がベストで、所得の伸びに限界がある現代先進国日本の場合『現金がベースとなるのだから”格安”を基本としなければならない構造』にもあります。
(例えば”旧法借地権売買を狙う””マンションを購入するなら高齢となってからシングルで暮らすワンルームを買う”など)
しかしこの格安作戦もデフレを促進しますから、悪循環が止まるワケではありませんが「流通価値では無く実価値を考える」方向性を堅持することは市場の健全性回復に必要な事でしょう。

なんと言ってもクレバーな選択は『賃貸』ですよ。
資産リスクの心配が全くありませんし、
賃料は市場に連動してますから(特に分譲賃貸)。
割安な部屋を探すコツってそれほど難しい話でもありません。

次回は「割安な部屋を探すコツ」としましょう。
『割安な部屋の定義』←ここが結論という話になりますね。
そして「広告やマスメディアは割高な部屋を”いい部屋”だと思わせようとする」って経済構造の話にも触れましょう。


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posted by kagewari/iwahara | Comment(2) | TrackBack(0) | 住まいのキーワード | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのコメント
ただの思いつきですが、足掛け賃貸派か信念的賃貸派かは、宝クジを買う買わないに見事に相関しそうな気がしました。
さて、小林重敬さんなどが今後の都市縮小に際しては、インフラ未整備な既成市街地ではなく、投資の済んだ郊外ニュータウンに人とモノと金を集める方が合理的、とおっしゃっていますが、持ち家主義+公営住宅という郊外ニュータウンのあり方を現代的に再構築するなら、一理あると思いますね。

と、全然本論にコメントしていなくて恐縮ですが。
Posted by @minitsu at 2012年07月14日 07:51
@minitsuさん、私はこう思ってます。
昭和の○○タウンってよく考えると『スペースコロニーの原型』のようなものだったと、
(衛星都市ならぬ本当の人工衛星入植地そのもものだったような)
いかんせん一帯全域での老朽化は巨大宇宙戦艦の老朽化のような側面がありまして(廃墟的カタルシスと申しましょうか)、この場合『規模をあえて縮小して再出発すべき』ではないかと思うのです。
戦艦大和問題のように一棟の規模そのものが単体として大規模化するにも限度というものがあって(一定規模以上になってしまうとメンテナンス含めて管理上のリスクがヘッジできない)、
『阿佐ヶ谷住宅(これも取り壊し再開発ですが)』のような緑とテラスハウス群な街並みの再興というようなリニューアルを期待したいのです。
(建築家は都市設計デザインやるのが本業だった筈なのに、どこいっちゃったんでしょうね。)

勿論郊外の意味不明の宅地開発を制限し(これには農地法の問題が大きく関わってます)、行政インフラコストってものを度外視したやり方は法的に制限してもいいのじゃないかと、

そんな風に思います。
(真面目な話『阿佐ヶ谷住宅』の図面持ち出してレプリカ作っても十分現代社会でも通用すると思います。)
Posted by kagewari/iwahara at 2012年07月14日 19:07

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