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有)retour東京』web部 『Kagewari精神分析相談事務所』運営責任者
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不動産の将来像をオカルト交えて考えてみる

2019年10月03日

オカルトも何も”地鎮祭”とかやってるじゃないですか(笑

ええ、そうです不動産にはオカルトチックなビヘイビアがあるんです
「出世部屋」「寿部屋」「退職部屋」「クリエイターのアパート」「DQN部屋」「残念なスノビズムの不動産ナントカ」「権力の搭(tower of Power)」

■微妙に話し逸れる提案をからめてみます
「自治体は公共住宅足りないならどんぞん民間の空室を借り上げろと」
公共住宅抽選漏れなどが”無い”運営を制度化しなさい
(この借り上げ枠を前後させることで、中央銀行の金融政策のように自由に不動産相場を政策的に操作できる)

広い意味で全て流動性のある社会資本に過ぎない不動産ですから
(いやいや共産主義的なこと言っているワケでは無いので勘違いしないようにww)
行政がきちっと政策的に運営行えば、
賃貸住宅なんかのコストも公共住宅との差を埋める流れで廉価になるでしょう
供給過剰傾向も拭い去れない少子高齢化時代において、逆に言えば(空室の備蓄的管理を行うことで)不動産暴落による過剰なデフレを防ぐ効果もある(自動的に世帯あたりの平米数がコスト無しに増加するソフトランディング)。

「そんなことすれば民業圧迫となる」ご意見あるかも知れませんが
投資家サイドから見ても、表面利回りが仮に後退しても、資産価値全体の乱高下を防ぎ安定資産化が進むことは(リスク評価は下がる)決して悪い話では無い筈です。
※1、賃貸住宅と公営住宅の賃料差額を、公的家賃補助で縮小する方法もある。
※2、小難しいこと言えば「土地付き戸建て時代から分譲マンションへの推移」って「それは不動産なの?耐久消費税なの?」なる要素あったワケでね。個人的には”共同住宅は全て賃貸でもいいのではないか”と思ったりもします(仮に内部造作の減価償却を超える長期賃貸契約が可能になれば事実上改装だって自由になるんですから)。
※3、加えて分譲マンションにおける微妙な問題として「リノベーションしたはいいけど、いきなり建て替え決議が」なんて兼ね合いもあるのであって分譲マンションならではの難しさは根本的に解決されないままです。
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意外と慣れる「広さに対する適応」

2019年09月16日

私自身が実験例です。
(無駄に広いの有名な北海道ですが、その中でも実家はド・デカイ平家だったりする)
私に限らず、皆さんもこんな経験はあるでしょう。
「旅先でシングルのビジネスホテルに宿泊したが、狭さのストレスで発狂するとか無いから」
「自宅のPCデスク回りの空間に比べてノマド利用の銀座ルノアールのボックス席は確かに狭いが、なんら不都合を感じた事が無い」
「自宅リビングと比べたら、旅行で旅客機に乗った時の狭さは壮絶なものだが。乗った事は無いが文字通りファーストクラスほどの広さがあればエコノミー症候群とか無いだろう」
 ↑
てかさ、旅客機のファーストクラス程度の広さって17平米の1Rでも可能だよね。

■利用目的ってのかしら
その部屋を”何に利用する空間なのか認識”を切り替えれば(少なくともシングルルームなら)広さは相当弾力的に修正可能である。

実際広い部屋希望の人って、収納の多さを気にするケースが多いので、
求めているのは生活空間というより”家財の貯蔵力”だったりします。
広いリビングルームもデカいソファ置けば有効床面積は急激に狭くなります。
(そこに座るから置くワケですがww)

使途目的の認識を切り替えるだけでいかようにもなる。
 ↓
逆説的に言えば、自炊など料理も好きな場合「キッチンの広さは必須」となるように、自宅での生活習慣や方向性が既に固まっていて、自由自在い切り替える余地が無い場合「最低限度の広さはこれだけ」的にな逆指名にもなるのでしょう。
(ある意味生活が安定的な人は求める住居の広さも安定的となる)


■まだまだ若い方で”自分なりの暮らし方”定まっていない方は、
「さてどうするのかこれから」となりますから、
現代ミニマリストの登場なども参考にあれこれ考えていくのかなと思います。
自分なりの床面積黄金律を求めてみるのもよし、
状況に応じて自由自在な適応性を鍛えるもよし、
戦後日本にあったような「テクノクラートが文化住宅なる基準を庶民に提示する」みたいな縛りなく、自由に考えていただければよろしいのではなかろうかと思います。

「シングルでお風呂付の場合、基準値はおおおそ17平米からとなります」
(それ以下の広さはある程度ミニマルスキルを必要とする)

さて、そうなるとですよ?
将来の二人入居以上世帯を考える場合、
各個人が求める広さ感が著しくバラつくことになりませんか?(笑
「千利休信奉者の僕はマイスペース3帖あれば十分なんだ、私は12帖必要なんだけれど」みたいな。
(※その派生で考えると”子供部屋の将来像”にも無限の可能性があるのかもしれません)

■やっぱ現代的間取りってのは欧米系のドーンと1Rなストゥデイオで、
”可動式間仕切り家具”により自由自在ってのが理想なのかも知れません。




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ひょっとすると”プチブル的文明”の崩壊が始まっているのかも

2019年09月10日

ミニマルライフにしてもそうだけど、昭和であれば”インテリ中産階級”と知られていた(所謂左派リベラル系な)階層がごそっと”意識高い系ニューファミリー”だとか”リア充”みたいに(所詮スノビズムでしょ的に)揶揄されている状況。
※そもそも論としてこのインチキ貴族主義みたいなものをニーチェあたりが大批判していたと思うんだけれど。

この現代の状況ってものは、
失われたデフレ時代という経済状況も相まって「中産階級とかって暮らしに何か意味あるだろうか」という疑問に繋がっているような気がする。
※言うまでも無く現代社会は『共同幻想』崩壊時代なので、特定概念の階層のような分類が可能な状況そのものが早晩消えるだろうと思われるんだけどね。

いやなにも清貧なデフレ志向が台頭するって意味じゃあありません。
■所得に余裕があれば(ライフスタイルは各人個性でバラバラとした上で)”家賃が幾らとか関係が無い”(分譲なら価格の問題では無い)、「かくかくしかじかの目的に一致しているのか?」みたいな住居としての個性が求められていくのではないかと。
逆説的に言えば、結果として「必ずしも所得額は副次的な差異で決定的要因では無い」が同時並行するような感覚でね。

典型事例で言えば、
昭和的感覚っていうのかしら「戸建てに4枚ドアの自家用車、子供にはピアノや英会話」的な世界観の崩壊。
特に住居の場合、寿命120歳に向けて考える場合「ファミリー世帯的に考えても、同居が継続する期間はせいぜいが20年」なので(住宅の取得が40歳だとしても25%に過ぎない)、
●「そもそも住居に求める暮らしの形」そのものが変化していくのではないだろうか


経済学サイドは未だに「中産階級云々」の論議や分析があるけれど、
どうにも的外れな気がするんですよね。
「そういう時代だろうか」的に

こんな事いうと怒られるかもしれないけども、
「玄関ドアに宅配BOXがビルドイン!遮音性能当社比較3倍、高齢引きこもりライフに最適な1Rですよ」みたいなキャッチコピーが明るく語られる時代が来ても驚きません
(てかそういうニーズあるだろうし生活上の個性として堂々と主張されるべきことだと思う)




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日本の寿命の延びが海外から揶揄されることもあるようですが

2019年08月20日

「冗談じゃない」ですよねww
日本人のなんとわなしの認識として、
「オマエら驚くな、日本人の寿命が120になる頃の75歳は、欧米人から見たら50代にしか見えないんだぜ」←多分多くの人はそう予測しているでしょう。
(えーサンプル的には”若大将”とか、”吉永さん”とか、”黒木なにがしさん”やら、AVの世界も何歳上等的なアレがかくかくしかじかしており)

日本は事実上「一歩一歩と(無意識に)不老不死目指している」
(なんでしょうか、欧米宗教道徳的な倫理観も刺激しないように一歩一歩ね)

高齢化社会では無いのです、
進行しているのは”高寿命で(言うほど)老けない社会”です。

実際昭和の感覚で言えば、中高年そのものであるかくいう私も、
(小学生当時の自分のイメージなら)
すっごいオッサン(カッコ良くても初老の紳士系ナイスミドル)の筈なんですが、
確かに「インチキ臭いオッサン」であることは言うまでもありませんが、年齢不詳っぽくあるのも事実(自分自身が小学生の頃思っていた50代の様子には見えない)。
 ↑↓
これ平成世代になるとまた別の現象なんだと思います。
「小学生の事思っていた70代って、あーそろそろ死んじゃう老人のイメージだったけど、自分が高齢者になった今、エッ!!ってなる」のように。

●ガンの名医座談会みたいなところの論議でも
「昭和なら医療倫理的に80歳超えた人にオペはやらなかった(成功時の5年延命の概念が寿命的に意味をもたないから)」
「でもね、最近はインフォームドの件もあるけれど、オペ希望する患者さん多いし(見た目からもにわかに寿命が5年無いでしょうとも言えず)、高齢患者のオペ増えているよね」
「だよね、そうだよね〜」
 ↑
医療系のドキュメンタリーでこんなんありましたよ。
(※同時にそれは日本の医療費がトンデもになっている背景でもあるんだが)
→続きを読む

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オーディオルームの限界(VRの時代だしやっぱ無理だと思う)

2019年08月17日

某オークションサイトで(別カテゴリからの表示で)昔々継続購読していた「月刊ステレオ」を偶然目にしました。
数年前の号だと思いますがその表紙が「ヘッドフォン」だったのですね。
月刊ステレオと言えば(それはそれは広告主もオーディオメーカーさんでしょうから)、故長岡鉄はじめ名だたる評論家が高級オーディオなどを批評する雑誌でしたから、
こんな事いうと怒られるかもしれませんが
当時は「ヘッドフォンの出る幕などなかった」のです。

ところが数年前のその表紙を見てですね
「あーやっぱりな」と、
過去記事でヘッドフォン紹介した時に書きましたが、
現代ではVR関係オーディオのニーズも強く(下手したらサラウンドデコーダーなども邪魔)、広いリビングで高級ステレオを大音量で鳴らすという夢を持つ人が根本的に減少しているのだと思います。

バラコンに比べたら高級ヘッドフォンは安いもので、
廉価なプリメインアンプも買えない単価なのです。
それが音響だけで言えば、ウン百万のバラコンより”原音再生に強い”ときている。
何と言っても、最大のポイントは「大音量再生しても遮音の心配が全く無いこと」です。


ウン百万のオーディオを苦心惨憺中古など修理しつつ揃えることに成功しても、
オーディオルームの施工費用まで考えると、天文学的数字になってしまいます。
(単純にスタジオ仕様の遮音性だけの設計だと、音がデッド過ぎるだけでなく、メーカーがテストに使うような無響室は「無音状態で数時間もいるとストレスで発狂する」とまで言われる代物でして、、)加えて、反響含めて自然な音の伸びがある設計となれば、評論家でも見解が分かれるほどです。
 ↑
更にこの再生が本領発揮するソースは”極論クラシックだけ”です、
(ロックやポップスのようなプラグド音楽は音源そのものがアンプを通し、ライブにおいてもPA用SPを通して再生されるものなので、ライブ会場設営SPより高価なSPで再生して意味があるのかって論議がある。)

オーディオブームの先駆け的には映画用オーディオ的な意味合いもありました。
BOSEのキャノンウーハーが有名なになったのもこの頃です。
(映画音楽はミキシングで50ヘルツ中心に盛られた音響も多いので、低域再生がキモだった。)
昔のオーディオファン憧れのアルテックA7は元がシアター用PAスピーカーでした。


■だったのですけれど、
現状、クラシックを例外にほとんどの音源は「VRと高級ヘッドフォンに負ける」
(乃至それに勝てるほどの高給オーディオの使用はナンセンスである)
流石の「月刊ステレオ」もヘッドフォン特集とかする状況になっていたんだなぁと、少し寂しく思うのでした。
(これも失われた20年のひとつの姿なのかも知れません。)


ハイレゾ音源に関しても、一部では専用のCDフォーマット登場以前からPCにより視聴されており(或はそれ以上のサンプリングなどなど)、
オーディオファン的には、PCのノイズやヘッドフォン端子の出来はどうなのって話なるでしょうけれど、音にウルサイ人はUSB-DAC系のヘッドフォンアンプ独立で使うでしょうし、
ピュア・オーディオやってきたお歴々にとっては「ノイズの少ないノートPCを利用して容易にバッテリー駆動もできる」という点はバラコンを上回ります。
(そんな事気にして音楽聴くときだけバッテリーモードにするユーザーなんていないと思うけどさww←私もそんな面倒なことしませんて、、)

どうでしょうヘッドフォンなら1万で十分中堅機種です、
2万3万レベルでオーテクの高級機に手が届き、
5万6万となればコンデンサー型も選べるかな?
(5万6万って中堅プリメインアンプも買えない安さ)
●一般ユーザーは5千円〜1万円前後の機種で性能的に十分お釣りがくるでしょう

ここにも現代特有の「ミニマリズム」や「パーソナルスペースのナントカ」←こういった世界観の波というか「及んでいる」のでしょう。
(古いスピーカーから音を出すって行為は別の意味の道楽になったような気がします)




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「現代社会リスクに求められる住居性能」(25日記事のつづきです)

2019年07月30日


やはり、住宅メーカーや大手ゼネコンさんが考える以上に
「遮音性能が重要になっているだろう」←間違いないでしょう
換気機能などについても、熱交換フィルターに一定の遮音性能を設けるなど”社会ネットワークとの関係性”は重視するが「不用意に当事者関係を派生させない工夫」はあってしかるべきだろうと。

こう言えば、保守系の方から、
古く伝統の近所付き合い的な地域コミュニティーのみたいなノスタルジックな話も出てくると思うのですが、その古き良き時代には「苛烈な異端者への村八分的地域防衛」も共存していたワケで、
現代社会のコンプライアンス的に「よくよく考えればそれもどうかと思うよ」な側面あります。

事実、賃貸住宅において基本設備になりつつある
「TVモニター付きインターフォン」
 ↑
この機能に”録画・警察への通報と動画を配信するスイッチ”
あると売れると思いますよ。
(警察側のサーバが対応できないのであれば、24時間管理サービス会社などが、通報と動画記録《ダウンロード》を代行するという方法もあり得るでしょう。)
 ↑
この機能は、高齢者一人暮らしにおける緊急救命スイッチなどの検討にそのまま転用も可能です。


●考えてみれば、皆さんも無意識に防犯対策取っており、
最近では「郵便受けに名前を掲示しない」方も多いですよね。
管理会社サイド的にも「何号室にどこの誰が住んでいるのか」プライバシー保護がかかっています。

以前から考えていることですが、
「住居にはセイフハウス(スパイ映画などでお馴染みの隠れ家)的性能が求められている」
なんじゃそりゃと思う方いるかもですが、
何も新しい概念ではありません、
昔から存在する「大邸宅」ってどうなってます?
外から建造物すら見えませんよね?
 ↑
分譲RCマンションではデフォルトの設備になっているオートロックは上記を仮想敵コンパクトに実現しようというもので(オートロックの基本性能は防犯性では無くプライバシー保護性能)、
特別な話では無いのです。
(戸建てに存在する外壁や生け垣の目的だってそうですから。)
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