この絵は白金付近の高速の裏の絵、

まるでエイリアンのH.Rギーガーのデザインみたいじゃないですかー
実際暮らしていると、気がつかないところにも面白いデザインってあるもので、マンションなんかの場合でも特に意匠デザイナーのいない設計でも造りっぱなしの良さがある場合もあります。一見都市生活の外面は小奇麗で清潔感があって、なイメージである事は事実なんですが、その都市の裏には必ずホームレスな暮らしもあるんであって、あまりに表面的なデザインが過ぎると悪い冗談に見える事もあります。
むしろ都市の正体とでもいうものから目をそむける事無く、一種そのグロテスクな一面もデザインなんだと考えるとこういう”高速道路の裏側”にこそ交通戦争じゃないですが毎日事故死というものを避けられない都市のモータリゼーションの正体のような生命感すら感じます。
計画されたショッピングモールより、”闇市あがりだ”みたいな古い商店街の方が歩いていても気楽だし、規格から外れもいい自由さっていうか都市文明のダイナミズムなんだと思うんです。不動産の立場から見ても整備された街には必然的に財務体質もいい大手のチェーン店なんかが中核になりやすいし自由な選択肢は失われる傾向にある。
不動産的な正論じゃないと思うんだけれど、ある程度賃料なんかの安い商業物件が流通していないことには新規参入だって難しいんであって、なにからなにまで表面的に綺麗にしてしまう事は(或いは評価の上昇)必ずしもそこに暮らす事のメリットばかりではないと、
防火対策や防犯性とか基礎的部分は別個の問題として、表面上綺麗に見えないものも時としてアートなデザインに”なっちゃう”事もあるのだし都市のデザインってものはそこに暮らす人々の自由な営みで流れていくものなのじゃないかと思う。
特に日本の場合、欧米的な保守的デザインの制約も無く極端に言えば「なんでもありかよ」ぐらい自由な国なわけでその特殊性を意図的小奇麗さにまとめてしうと”嘘っぽく”見えるのかもしれない。
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