経済情勢との関係含めて、時折特集しているテーマなんですが
ようやくメディア関係の報道としてここが指摘され始めましたね。
↓
低利融資が家計崩壊を招く 日本版サブプライムの悪夢
大枠で抑えておけないとなのは
デフレ時代はそもそも分譲開発をあたかも経済成長政策のように打つと市場が歪むばかりか本質的にデフレ期はインフレ率(資産価値含む)との関係で、『買いではなく借り』なのであって、
キャッシュがあってローン最小底値で買うのは有効だけれど(金利に関しての評価は経済学的に見ておかないと勘違いする)、ここもマクロで考えればデフレ期には『0金利』でも物価下落により実質的にはキャッシュで資産を所有する事は非常に強い(利回り的な収益循環は無いが資産保全だけを考えればインフレ相殺が無いので→手持ちのキャッシュの購買力は物価下落分上昇していることになる)ところからくるもので、ここで低金利を過大評価してローンによる資金調達を行うと、デフレでマイナス成長ならインフレ相殺のようにデフレ分の金利が上乗せされているのと同じで(0金利で資金を調達できる銀行は実質的には大きな利益をあげる)、経済情勢から「インフレ:経済成長」「デフレ:マイナス成長」と大雑把に考えるだけでも自分の所得が伸びないのだからローンによる資金調達はそれだけでハイリスクになる。
※単純にマクロ経済学的に『インフレ=キャッシュの価値の低下』と考えると国家財政の赤字と同じで長期ローンを組んでも「その額は20年後に(インフレによって)たいした額と評価されない金額」であれば実質借入額が収縮するのと同じ。
(財政赤字が経済成長によって相対的に縮小するのと同じ発想:購入した不動産はインフレ率に連動値上がりするので資産リスクは無い)
そんな関係で政府は「先進国型の安定的”低成長”」の循環を確立せずに、財政均衡政策だけで財政再建を図ると縮小経済への悪循環になる。
なのに、この間政府の政策が分譲住宅購入への援助など分譲開発の促進を行ってきたのは政策的に正しいとは言えない。
最後の部分だけれど上記のレポートでもここに触れている
<一部抜粋>
米国のサブプライムローン破綻が世界的な景気後退を引き起こしたように、日本でも住宅ローンが長期的な消費停滞を引き起こす危険がある。政府が住宅購入者への優遇を続けるのは、公共事業の減少で苦境に立たされた建設業者への配慮という見方もある。誰のための政策なのか。問い直すべき時が来ている。
<ここまで>
言い過ぎを承知でわかりやすい表現を使うと
『赤字国債を住宅ローンに置き換えた民間資金投資型の開発経済』
それだけならまだわからない部分も無いじゃないのだけれど、
この投資は「供給過剰が予定(実質破綻)」されているだけでなく、
所謂通常の経済政策にあるような生産性の向上であるとか長期的経済成長に結びつかない(ばら撒き型の公共投資に似ている)。同時に事の発端が、不良債権で弱体化した金融機関救済(利益付け)だったりするので、ばら撒き公共投資にも幾分かの所得の再分配効果(受注大手は本社東京だったりするので地元に落ちるのは一部)があるけれど、金融内で回る所得は海外へ再投資される等必ずしも内需に結びつかない。
※しかもその住宅ローンは支払いができなくなれば銀行に”鍵を返して”チャラになるノンリコースローン(米国等)では無く売却後も残った債権額の返済義務があるリコースローンで”売り抜け”みたいな格好になっている。
不景気でも自分だけは昇進もあるし所得も増えるだろうとか、
自分の会社は大丈夫じゃないか、
のような側面はあるにしても、マクロで考えれば全体の構造がデフレを誘引してしまえば(支払額は変わらないのにジリジリ資産デフレで購入した住宅価格も下落するのだから)そういう事は言ってられないのであって、
『先進国における経済政策』は内需拡大と所得循環性のある安定成長率を確保する方向に舵を切るべきで、
短期的な産業向け成長政策(供給過剰折込で)はトータルで経済の弱体化に繋がる。
世界経済は激しいコスト競争下にあって「業績好調でも外需型産業は構造的に所得再分配ができない」だけでなく、外需依存は輸出先の景気動向に自国経済が連動してしまうので政策的な自立性を失ってしまう。
しかも現在国際金融世界は「必ずしも実体経済を反映しない(背景はドルあまり)」ので、為替変動による歯止め無しに「外需は永遠です」のような幻想を生み出しているけれどもそれはあくまでも”幻想”に過ぎない。
この危うさはバブル経済の破綻とそれほど違わない(需要は永遠と勘違いしている)、
※競争力という点では大学を中心とする基礎研究等コスト競争に関係の無い競争力を伸ばすのが筋(教育への予算配分は国際競争力と深い関係がある:留学生への手厚い援助も効果的)。
話は戻りますが、
「経済政策としての開発型分譲」は構造的問題を含んでいるんです
本来は、未だ日本が先進国では無かった時代に土地評価額(担保価値)からおおよそ高層住宅等が建築できない状況で、国策として住宅供給投資を行うところから始まったアイデアなのであって、
現在の供給過剰ともいえる環境で(公団の民営化もその線上にあって完全な民営化に至っていないのも問題だったりするのだし)、民間資金を誘導して結果的に”現代版高級団地政策”を継続するのは経済学的に無理がある。
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